釜川について

釜川の概要・歴史等のご紹介

釜川は、宇都宮市内で完結する全長約7.3kmの一級河川です。西弁天沼と東弁天沼の2つの源流を持ちます。上流部では田園風景が広がり、中流部は宇都宮市郊外部の住宅地内を通る形で流れています。そして、下流は中心市街地を通ったのち、田川に合流します。カマクリ協議会は、釜川下流部、市の中心市街地となるエリアを中心に活動しています。


釜川流域全体図

釜川年表

注 1) 初代城主の藤原宗円が二荒山神社の神職に就いたとの説がある
注 2) 宇都宮頼綱によって形成された
注 3) 防火などの理由によるもの
出典
1) 釜川とまちめぐり
2) 勉強会資料より(長尾氏 , 井上氏提供)
3) にほんのれきし!(昭和 , 平成)

釜川と周辺の大地と水

釜川の地層は、約2,303万~533万年前に火山灰の堆積により形成された大谷石に代表される凝灰岩の層が基盤となっています。凝灰岩の層は、鬼怒川や田川の浸食活動により長い年月をかけて削られることで高低差が生まれ、大谷丘陵や宇都宮丘陵、そしてそれらに挟まれた宇都宮台地といったように、現在の起伏に近いものが成立し、低地(宇都宮台地)に土砂が堆積していきました。その後、日光の山々から集まった地下水が西弁天沼と東弁天沼付近から湧き出し、地表を流れることにより釜川が形成されています。

出典
4)地質図 Navi https://gbank.gsj.jp|廣瀬氏加工 ,2020年

釜川と人々の営み…古墳時代~江戸時代まで

釜川の沿線では、古くから豊富な水と地盤を背景に田作や畑作等の農業が盛んに行われてきました。釜川の源流である東西2つの弁天沼付近では、縄文時代や弥生時代の集落の痕跡が発見されています。
古墳時代になると、釜川と田川に挟まれた八幡山や戸祭地区をはじめとする宇都宮丘陵を中心に多くの古墳がつくられるようになり、一定の規模を持つ社会が形成されていきました。
奈良時代には、戸祭付近に水道山瓦窯所(すいどうやまがようじょ)や根瓦瓦窯所(ねがわらがようじょ)などの窯業地帯(ようぎょうちたい)が形成されました。これらの窯では、周辺の土や水、安定した風などを背景に古代瓦を製造しており、下野薬師寺(しもつけやくしじ)などに供給していました。この時代、市の中心部付近は人家が少なく、沼沢がほとんどだったため「池辺郷(いけのべごう)」と呼ばれていました。
室町時代には、戸祭城(現在の昭和小学校付近)の整備に伴って人家も増加していき、川沿いの低地には多くの水田が整備されました。
江戸時代になると、釜川は宇都宮城の外濠(そとぼり)として利用され、川の北側は商家(現日野町通り商店街等)が並び、南側は城内となっていました。経済規模を拡大していった中心市街地の商家では、商品の製造や保管のために防火性や調湿性のある漆喰蔵や張石蔵が建造され、蔵の土壁には釜川沿線の粘土や田作で生まれた稲藁が利用されました。

出典
5) 宇都宮市史
6) 日野町の歴史
7) 望郷譜 江尻九穂作(宇都宮 38 景)
8) 写真で見る 釜川の歴史と今

釜川と人々の営み…明治時代~昭和の二層化工事まで

明治時代には、宇都宮市域で商業が活発になり、商店街(二荒通・仲見世)が形成されて行きました。また、川沿いの武家屋敷跡に宮染めの染工場がつくられ、川の水は毎日様々な色に染まっていたそうです。この頃までは、戸祭付近の低地には水車小屋が建つ水田が広がっていましたが、大正時代以降は宅地へ転換されていきました。
昭和になると、剣の宮(剣橋)、中河原地区に花街が形成されます。また、戦後復興や市街化区域の拡大により急激な都市化が進み、それとともに、釜川下流部のオリオン通りや釜川沿いでは、雑居ビルが立地し始めました。その一方で、水田や山林の減少により流域の保水能力が低下し、中心市街地では何度も氾濫が発生しました。こうしたことから、1988年に日本で初めての二層式河川工事を竣工し、更に1992年には、中心市街地の区間が水と緑が感じられる水辺空間「釜川プロムナード」として整備されています。
また、釜川プロムナードと日野町通りをつなぐ「あさり川こみち」は、かつて求喰川として市内を南下していましたが、戦後復興計画の中で食い止められ、暗渠になったといわれています。付近には三方を大谷石で積まれた材木蔵も現存しています。

  • オリオン通り一ツ橋(改修前)
    1954/05

  • オリオン通り一ツ橋(改修前)から南を望む
    1958/08

  • 新橋(改修前)より東を望む
    1954/01

  • 新橋(改修前)奥は栃木荘
    1955/03

  • 御橋(改修前)から下流を望む
    1954/10

  • 空中写真
    1948/12/30

  • 御橋下(改修前)
    1954/10

  • 橋から投げ捨てられたゴミ
    1974

  • 二層化終了部の下層
    2021/11/06

氾濫する釜川

釜川の2層化構造(釜川解剖図)

出典
9) 写真で見る釜川の歴史と今,釜川20周年記念事業実行委員会
10) 釜川のあゆみ―釜川竣工記念誌,宇都宮市広報広聴課

あさり川こみち

釜川と人々の営み…現在

昭和の時代に立地した雑居ビルには、現在もアパレル店舗を始めとした物販店やカフェ、バー、居酒屋などの飲食点、事務所等様々な業種が同居し、独特の界隈性、ミクスチャーカルチャーを形成しています。また、2017年からの釜川の水質や生物の調査により、下流部の中心市街地においても、良好な水質であり、また絶滅危惧種を始めとした水生生物や在来植物が生息していることが明らかとなっています。

釜川エリアに漂う独特の雰囲気や文化の魅力を伝えたい!という思いから、魅 力的な雑居ビル・ 路地・お店を特集した、まちあるきが楽しくなる冊子とマップ を 2023 年に作成しました。マップには、釜川周辺の魅力的なお店や、釜川にどっ ぷり浸かっている制作チームによるちょっとマニアックな情報を載せています。

KAMAGAWA POCKET(宇都宮市二荒町8-15)や釜川周辺のお店に設置しています。ぜひ、釜川を訪れる際は手に取って、まちあるきをお楽しみください。

釜川の人や生き物

釜川で暮らす人、働く人、買い物する人、散歩する人、学ぶ人、創造する人々や、これまでの調査で明らかとなった、釜川に生息する魚、昆虫、植物などの生き物を「釜川図鑑」でご紹介しています。

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